2007年9月29日土曜日

たまにはこういう写真も

人類にとっての最初の神は太陽であった。石や水や山も自然神となった。
人間が創った神というのは胡散臭いけれども、自然は神々しい。

2007年9月24日月曜日

二匹目の泥鰌

↓というワケで、本が出ます。11月14日なので、まだまだ先だけれど、良い子の皆さんは近所の書店に行って予約するように。
さて、猫の英語が面白かったので、犬のも調べてみた。
(誰かがマネして犬のをやるのを牽制しているのでもあります)
実を言うと、犬はあまり好きではないのだけれど、これまた面白かった。
鶏口牛後というのがあるけれど、英語では
Better be the head of a dog than the tail of a lion.
犬口獅子後でありますね。楽しい。
猫に比べて、人を犬に置き換えている言い回しが多くて、しかもあまり良い意味ではない。
日本でも、犬死と言うけれど、英語も Die like a dog. 似たような意味である。
まあ、「犬」だけでも、いい意味では使わないな。「犬」と呼ばれたくはない。
眉間に「犬」と書いている人は相当に怖い。ものすごく怖い。
アメリカで不良になれるコトバを教えましょう。
Oh my god ! の代わりに Dog's dick !
因みに犬の Dick には骨があるって知ってました?

2007年9月20日木曜日

続・かぐや


「かぐや」 本当にいい時代に生きることができたと思う。……もっと未来だったら、もっともっといろいろな事が解明されて、それを知る前に死んでしまうのは、とてもくやしいことではあるけれども、科学と神が同レベルであったガリレオの時代と現代は違うのである。「かぐや」のようなニュースに触れると改めて宇宙に思いを馳せる。地球上の生き物は全てイコール宇宙人なのだ。
人類は進化論を覆す可能性があると思う。肉体を必要としない意識……霊とかそういうことではなくて、個人の記憶を全てデータとして保存した『モノ』として、ネットワークの中で生き続ける…こんなSFはいろいろあるけれども、SFの中では現実的であると思えるようになってきている。再生に限りのある細胞による肉体を持つ生命体は、光年レベル(しかも何千何億という)宇宙の旅を行うにはあまりにも脆い。『モノ』となった知識欲の強い宇宙人は、自らが宇宙船となって、そのネットワークが繋がるシステムを持つまでの進化を遂げた星を永遠に捜し求めるのである。

2007年9月14日金曜日

祝 かぐや 打上げ成功

日本の月探査衛星「かぐや」の打上げが成功しましたね。
最近はこういうことがあまりニュースにもならず、テレビでの中継も無かったようですが、
JAXAでインターネットを使ったライブ中継がありました。

月というのは、とても不思議な星。
日食時、月食時共に、ほぼ同じ大きさの影…つまり、地球から見て太陽と同じ大きさ、
地球の影と同じ大きさ、ということ。
公転周期と自転周期が全く同じ。だから常に地球には同じ面しか見せていない。
ものすごい偶然? 宇宙人による地球観測基地があるというSFが生まれる所以ですね。

地球人である私たちは、この宇宙の宇宙人でもあるのだ。楽しい。

http://www.selene.jaxa.jp/ja/index.htm

「かぐや」のミッションはここのページにあります。

2007年9月11日火曜日

HP更新

HP(New)少し更新しました。
笑う猫を海老丸中心にしてみました。
最近の海老丸はよく笑います。
HPの写真は全部Javaで動かしているのですが、
最近データが来るまでものすごく遅くなったのです...
Nxxxxx360に乗り換えたせいでしょうか?

2007年9月10日月曜日

なまけものもエライのだ

 なまけていてもいいのだ。

 仲間たちは獲物を追いかけて遠くまで走って行きました。
なまけもの君は、走って追いかけるなんて嫌なのです。
「だって疲れるんだもん」
なまけもの君は罠を作りました。
そうすると寝て待っているだけで獲物が獲れました。
仲間たちも真似をして、なまけることができるようになりました。

なまけものはがんばるよりもエライのだ。

2007年9月7日金曜日

頑張るの#2 「やっぱり頑張らなくてもいいのだ」

頑張らなくていいのである。
何か目標とか目的みたいなものがあるとする。
それを達成するコトが一番大切なのであって、頑張ったって出来なきゃやっぱりダメなのである。
その過程で頑張ったコトが偉いのだなどと言うのは、慰めでしかないじゃないか。
目標を達成するために、考える。いかに楽をして簡単に達成するかを。
いかに楽に簡単に多くの成果を得るかというコトを考えたからこそ、人間は進化してきたのだ。
獲物を捕まえるために、武器を作った。取りつくしたら無くなってしまうから、栽培ということを始めた。
頑張るのは大変だから嫌だなぁ…楽をしたいなぁ…そう思ったからこその文明なのであります。
「頑張る」よりも「楽をする」の方がエライのだ。

台風

まあ、不謹慎な話なのでありますが、台風が住んでいるあたりに向かってくると、なんだかワクワクしてしまうのであります。
風雨が吹き込まない方向の窓を開けて、雲の動きや木が風に揺られる様子を眺めて、楽しんでいたりするのです。
テレビでは必ず、どこかの海や港をライブで中継しているので、その大波を見て、
「うひゃー…すげー」などと言いながら、楽しんでいるのですね。
風が窓を鳴らしたり、雨粒の当たる音がバリバリしたりすると、
「うーむ、今が最強かな?ちょっとコンビニまで行ってみようかな?」などと考えてしまう。

ところで、台風の台ってなんだ?

2007年9月2日日曜日

がんばらないでもいいのだ

「がんばる」という言葉。
世界陸上を見ていて、改めて考えた。

本来「がんばる」という言葉は、「我を張る、ある場所から動かない」という意味で、現在の「目的に向かって努力する」というような意味は無くて、どちらかというとマイナスイメージの言葉だった。
全力を尽くせ的な意味で使われるようになったのは、ベルリンオリンピックの水泳でNHKのアナウンサーが中継で「前畑がんばれ」と連呼してからとされている。

「がんばれ、がんばれ」って気楽に使っている言葉だけれど、ベルリンオリンピック以前にこの意味は無かったのであるから、「がんばる」ひともいなかったのである。
類語辞典で「がんばる」を引くと「張り切る」とある。
「がんばれ」と言われるより「張り切れ」と言われたほうが気楽なように思う。

英語にも厳密に「がんばれ」という意味の言葉はないみたいだ。
Do your best. あるいは Take it easy. Good luck.
こんなトコロで、やっぱり「がんばれ」より気楽な感じがする。

「がんばる」「がんばれ」って重い言葉だなぁと思ったのですよ。なんだか逃げ道がないように感じる。
「張り切っていこう」「Do your best.」「Take it easy. 」「Good luck.」
こっちには愛情が含まれているような感じがしませんか?

何かにチャレンジすること、簡単に諦めないで努力することはもちろん大事なことだけれど…なにかもっといい言葉はないものかなあ。